Yurina Ishihara(SWH)

SWHの活動について

 

 

学校を作ったり奨学金支援を行うNPOを運営しています。途上国では子どもは労働力の1人に換算されいていて、学校は「子どもらしくいられる場所」であり「知りたい、学びたいという意欲を引き出す場所」でもあります。とてもやりがいのある教育支援に長く携わっていく中で、学校現場から零れ落ちている「障がい者」と「女性」がその後の人生をどう生きるのか、ずっと気にかかっていました。

ネパール被災のタイミングで女性支援もやろうと決めて、「何ができるか」を検討し始めました。ネパールでは色々な支援活動を行ってみたけれども「継続性のあるもの」にできなかった。私の力不足です。一方のラオスでは小さく始めた障がい女性や少数民族女性の職業指導が花開いていきました。

 

同じ方向を向いて歩めるチーム

手探りで進めている中で、ラオスの障がい女性達に初めて、布ナプキンづくりのお仕事を出していただきました。

小さな小さな作業所で3~5名ほどの女性が作業してくれていました。ミシンの技術は確かだけれども先進国向けの製品を作ったことがないから、ボタンの位置を間違ったり、個数を間違ったり。会社さんに沢山迷惑かけてしまって。この小さい歩みに辛抱強く付き合ってくださり、本当に感謝です。きっとできるようになるよ。という希望を捨てずに寄り添ってくれたんですね。おかげ様で1年の間に布ナプだけではなく刺繍のポーチや巾着なども作れるようになりました。

 

 

 

2017年はラオス大好きな大学生インターンが泣きながら頑張って笑、布ナプキン、学校制服、ポーチ、巾着、ハンカチ、マスク等、ミシンを使った製品を試行錯誤しながら作った1年。2018年に事務局長の福井が本格的に入って、組織の整備やオーダーの管理など現場に必要な指導を実施してくれ、混乱しがちな現場を整理したことで毎月のスケジュールを意識できるようになってきました。そして手毬のオーダーを頂けるようになり作業所の人数も増え、新たに大きな作業所をかりて移転しました。障がい作業所ソンパオには18名の女性が所属しています(2018年12月現在)。

 

 

其々の会社さんとソンパオとをつなぐ作業を主に行った2年間でした。日本からお仕事をこうして頂くだけではなく、ソンパオが収益を上げていくために、自社ブランドFranMuanを立ち上げました。また障がい男性でも作れる製品・食品づくりを導入したりと、目まぐるしい日々ですね・・・。

 

 

 

日本国内では日々、ボランティアの皆さんに作業をお手伝いしてもらっています。2018年は古民家の改装もやりましたし、布カットや製品づくりも多くの方に関わっていただきました。私たちの活動はとても小さく、福祉の法律を変える事もルールを変える事もできませんが、「今」を生きているラオスの障がい女性達に寄り添い、その人生をより活き活きと生きるお手伝いができればと思っています。

作業所で働いてくれている子たちは田舎に住んでいた頃、家族に面倒を見てもらう側でした。今、自立して働く事で家族に仕送りが出来るようになりました。小さな一歩ですが障がい女性達にとっては大切な一歩だと思います。

 

 

この様に関わって下さる方たちにお返しできる結果は大きくはありません。賛同して下さる皆さんは私たちが理念をもって本気で活動しているのを知って下さっていて、結果が出る時もそうでない時も信じて見守ってくれているのだと思います。

言葉はなくても互いに信頼し合える関係性に本当に助けられています。

 

SWHの各PJのゴールは「当事者が自立をして生きていけるようになること」

2019年もソンパオの自立に向け、一歩一歩歩んでいければと思います。

 

YURINA ISHIHARA プロフィール
石原ゆり奈 プロフィール Support for Woman’s Happiness 代表。ラオスとネパールでの教育支援のNPO法人国際学校建設支援協会(ISSC)代表理事。福岡県出身。上智大学社会学科卒後、Issc代表理事に就任。2014年第28回人間力大賞で文部科学大臣奨励賞、東京商工会議所奨励賞受賞。

 

 

Rika Fukui(SWH)

子供のころから国際協力に興味があったのですか??

はい、確かあれは中学校2年生のときだったと思うのですが、図書館で偶然「花嫁を焼かないで―インドの花嫁持参金殺人が問いかけるもの」という本を目にしたんです。その本の内容があまりに衝撃的で。。。。。インドでは結婚するときに花嫁が婚家に持参金を持っていく習慣になっており、その金額が気に入らないと花嫁は、婚家から殴る蹴るの暴行を受け、果てには焼き殺されるという事件が実際に存在するということがとてもショックでした。今私は日本に暮らしていてとても幸せだけど、世界のどこかには「女性」だからという理由で、理由もなく暴力を受けたり、殺されたりする人がいる。そういった女性差別をなくしていきたい、すべての女性たちが自信を持って生きることのできる社会を築きたいと思うようになりました。こういった思いが、国際協力への道の原点だったと思います。

SWHとの出会う前はどんなことをされていたのですか??

私は大学時代は国際協力や途上国の女性問題について学んでいたのですが、社会人になるときに私はどういった専門分野から今後国際協力に携わろうと考え、金融という専門知識を持って活動していきたいと思ったんですね。そこで卒業後、すぐに国際協力の道に入るのではなく、銀行に入るという選択をしました。そこでは民間企業という観点から社会人経験をたくさんさせていただきました。特に法人営業だったことも、たくさんの会社の方と接することができ、とても楽しい5年間だったと思います。しかしあるとき、世界銀行元副総裁の西水美恵子氏の「国をつくるという仕事」を本を読んでこれまた衝撃を受けました。実際にご本人にも会う機会に恵まれ、いろいろお話を聞かせていただきました。その中で世界で起きている問題は「悪統治」が原因だとの指摘がありました。つまり、「政治」ですね。親戚にも政治家なんていないですし、今まで政治なんてまったく興味がなかったのですが、国をつくる、その根本の「政治」について勉強したいと重い、銀行を辞めて「松下政経塾」の門をたたきました。

松下政経塾ではどんなことを学ばれましたか??

松下幸之助塾主は、政治というものを「経営」という観点から捉えておられるんですね。つまり政治というのは、国家経営だと。経営の神様である松下幸之助塾主の経営観を中心に学ばせていただきました。とくにその中でとても勉強になったのが、「人間を考える」ということでした。人間というものがどういうものなのか、そこを洞察することから全ては始まると。また、松下政経塾では全期間は4年なのですが、2年目の後半になると各自の志に基づき、自由に活動ができるようになります。その期間の中ではもともとの自分の志である女性支援を行っている団体の中でインターンをさせていただきながら学ばせていただきました。社会企業家の生みの親となったビルドレイトンが創設したアショカ、児童買春の問題に取り組むかものはしプロジェクト、途上国の妊産婦のサポートを行うジョイセフなどで学ばせていただきました。

 SWHとの出会いは??

インターンを経験する中で、私の知り合いが代表の石原さんと知り合いで、紹介してくれたんです。早速連絡を取ると、すぐに快く会ってくれました。そこから話が弾んで事務局長としてお手伝いすることが決まりました。SWHはラオスとネパールで女性の自立支援のサポートをしている団体と聞いて、まさにやってみたいこととドンぴしゃりだったんです。

実際にラオスにいってみてどうでしたか??

SWHと出会って初めてラオスに行きました。今まで24カ国ほど旅したのですが、ラオスはどの地域とも似ていない穏やかな時間が流れている国でした。実際にセンターに通うようになると、女の子たちはとってもシャイで、やさしくて、ピュアな子達ばかりでした。特にセンターには障がい者の子たちが多いのですが、困ったことがあるとみんなで助け合っていて素敵だなと思いました。私がSWHに入ってからは主に、手毬アクセサリーを現地で指導していますが、みんな手先が器用で、すぐに上達してしまいました。刺繍や裁縫が身近にある彼女たちの技術は、日を追うごとどんどん上達しています。これから色んな企業から製品を受注していくと思いますが、彼女たちの生真面目さ、手先の器用さを活かしていければと思います
FUKUI RIKA プロフィール
◆福井 里佳(ふくい りか) 岐阜県可児市出身。一橋大学社会学部卒業。三井住友信託銀行の年金業務に従事し、5年勤めた後、世界銀行元副総裁の西水美恵子氏との出会いから、「困難に直面する世界中の女性が、自信をもって自分らしく生きることのできる社会の形成」を志し、2016年4月に松下政経塾に37期生として入塾。小さい頃から世界中の文化や伝統に興味があり、中学の頃から行き始めた海外旅行はすでに24ヵ国に及ぶ。 2017年3月には、国連で毎年開かれるCSW61に参加し、世界中の女性が集まる会議で、各国の女性が置かれている立ち位置や女性活躍推進施策を知る。 かものはしプロジェクト、JOICFP(ジョイセフ)、アショカジャパンでインターンを経験した後、現在は、女性の自立支援をテーマに、「Support for Woman’s Happiness」で事務局長を務め、日本、ラオスを拠点に活動している。