20017年に作業所を開いた時から、日本に行ってみたい!という希望はずっと出ています。
まずは皆の暮らし、訓練、継続が大事だからまだ早いよ、とストップをかけてました。6年経って、作れるものも増え、経験も重ねて、新しく入ってくる後輩たちも増加。
国の支援がない中でここまで継続できたことは、彼らの大きな自信になっていると思います。やっと来日研修が実施できる時期が来たかな、と思います。
ラオスの福祉が形になっていくときに障がい者が置いてけぼりにならないよう、もの言える当事者を育てていきたいです。
リーダー教育の一環として日本のものづくりの現場を見せ、広い視野を持って欲しいので、2023年は来日PJにチャレンジしたいと思います。